Eingang im Haus Weege 2008
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Haus Weege und Hexenb�rgermeisterhaus, 2008

ホームページ:博物館「魔女市長の家」レムゴへようこそ!
「魔女市長の家」の別名を持つ、1568-71年築の民家にレムゴ市立の郷土博物館が
あります。
歴史豊かな町の中央に位置し、ヴェーザー河流域のヴェーザールネッサンス様式を代表す
る重要な建造物文化財のひとつとなっています。長期に及ぶ修復作業の後、16世紀の香
りを残す数少ない民家として400年以上にも及ぶ建築の歴史とその様々な使われ方の記
録が見られます。
この館を一巡りしますとレムゴのその昔、市制の設立、ハンザ同盟、宗教改革、魔女狩り、
並びに19世紀と20世紀の市史などのテーマが見られます。原存物とともに写真、映像
や種々の機器を使って歴史豊かなレムゴの町のまっただ中へとご案内いたします。
人の生き様をひとつの指標として構成しました。
医師、自然科学者、探検旅行家であったエンゲルベルト ケンペル(1651-1716)
のためにひとつの展示室を用意しました。中庭には70年前に植えた銀杏の木があります。
これはケンペルが日本で銀杏を見てヨーロッパに始めて紹介し記した最初の人であったこ
とを記念して植えられたものです。
ドイツ-日本
医師、自然科学者、探検旅行家であったエンゲルベルト ケンペル(1651-1716)
の生い立ちとその著作
ケンペルは1651年9月16日にレムゴで、牧師のエハネス ケンパーと妻クリスティ
ーネ ドレッパーとの三男として生まれました。ハーメルンやリューネブルク、リューベ
ック、ダンツィッヒ、トルンのラテン語学校やギムナジウムの学校で学び、クラカウとケ
ーニックスベルクの大学では語学、医学、自然科学を学びました。
1681年にスェーデンのウプサラに行き、カール16世の命を受けたロシアとペルシア
との商取引を結ぶための使節団の一行の秘書官に任命され、ロシアを経てペルシアに行き
ました。1648年になると東インド会社の医師として任務に着くことになりました。
インド、ジャワ、シャム
1690年には東インド会社の日本の拠点である出島の医師となります。
二年余りの日本滞在の最高潮となるのは、何と言っても東インド会社に義務づけられた年
に一度の江戸参府でしょう。ケンペルはそこで二度、時の将軍綱吉と謁見します。ケンペ
ルの特記すべき興味の対象には植物が挙げられます。ケンペルは今日、ヨーロッパに於け
る日本の植物に関する祖とも言われ讃えられています。
1692年10月31日に出島をはなれたケンペルは、旅先をバタヴィアへと向けます。
1693年、アムステルダム着、ライデン大学に登録し後に医学博士号を取ります。
1694年にレムゴへ帰還、そこでリッペ伯フリードリッヒ アドルフ公の侍医に任命さ
れ、レムゴ近郊のリーメに医院を開業します。1700年に16才の女性マリア ゾフィ
ア ヴィルスタッハと結婚。不幸な結婚生活となり、1716年11月2日に亡くなりま
す。
生前には医学論文の他にはAmonitatum exoticarum(廻国奇観)が出版されました。多く
の部分は、ペルシア並びにインド、日本が対象となっています。
ケンペルの死により大著は未完となってしまいました。遺品は、収集家で文筆家のハンス
スローン卿に買取られます。
そのことにより遺品はほとんどロンドンの大英図書館にあります。
ケンペルの日本史は、死後出版されることになります。1727年にはロンドンで「日本
史」が初版され、その後英訳からフランス語とオランダ語に重訳されました。1749年
になってさらにフランス語からのまたの重訳で短縮版としてやっとドイツ語で出版されま
した。1777/1779年にはレムゴのマイヤー印刷所からクリスチャン ドームの編
集により「日本の歴史と記述」という題で出版されました。
ケンペルの業績によって19世紀を越えるまでヨーロッパに於ける日本観の形成に大影響
を与えることになりました。
博物館魔女市長の家レムゴ
住所 Breite Str.17-19
32657 Lemgo
Phone: (+49) 5261 213 276
E-Mail: museen@lemgo.de
開館時間:火曜日-日曜日 10時-17時